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「ドキュメンタリー 頭脳警察」を3回ご鑑賞されたお客様には、
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(※スタンプカードは劇場にて配布いたします)
3部作、計5時間以上にも及ぶ本作を一通りご覧いただいた後、
今度は音楽を浴びに劇場に来てください!
音だけでも楽しんでいただけること間違いなしです!
40年間、変わらない。闘い続けるバンド頭脳警察とPANTAのすべて。
ロック映画史の伝説を塗り替える、革命の5時間14分。
「止まっているということと、変わらないということは、違うんだよ」――PANTA
1969年。19歳のPANTAとTOSHIを中心に結成されたバンド、頭脳警察。学生運動の時代、72年に発表されたファースト及びセカンドアルバムは、その歌詞の過激さから発売禁止の処分を受け、頭脳警察は反体制のバンドとして担ぎあげられた。そして75年。学生運動の終焉を告げるかのように、彼らは突然解散する。数々の伝説的なステージと6枚のアルバムを残して…。
本作は、幻野祭でのパフォーマンスを含む貴重なフッテージに加え、PANTAがニューバンド・陽炎を結成した2006年から頭脳警察を再始動させる08年までの3年間にわたり、ライヴやレコーディングシーン、さらにはプライベートにまで密着し、実に計250時間以上もカメラを廻し続けたドキュメンタリーである。
3部作として構成され、総時間は約5時間14分。1部一作品として、独立して鑑賞できる構成になっている。
PANTAの母は従軍看護婦として働き、病院船・氷川丸で帰国した。その母の死をきっかけに知る戦争の断面。東京拘置所に収監された元日本赤軍・重信房子との交流。14歳の少年がひとりで200人のアメリカ軍と戦ったという事実を扱った新曲。その一方で、多くのミュージシャンとの共演し、独自の活動を続けるTOSHI。それぞれの想いが交錯し、重なり合い、遂に伝説のバンドは再始動の時を迎えるのだった…。
監督は『感染列島』『MOON CHILD』の瀬々敬久。自らもPANTAに密着し、膨大な記録を渾身の3部作にまとめ上げた。これまで決して語られることのなかった頭脳警察の全てが、いま明かされる!
●本3部作は、1部ごとに独立した作品となっています。
どの作品からでも順番に関係なくご鑑 賞頂けます。
頭脳警察 第1部 (107分)
結成から解散。PANTAの母親の死と、TOSHIの想い。
再始動に至るまでの軌跡を網羅した、頭脳警察ヒストリー。
1969年、「日本語でロックをやろう」という想いから、頭脳警察の歴史は始まった。
それから30年以上が過ぎた06年、PANTAは新バンド陽炎を中心に、積極的な音楽活動を続けていた。
そして訪れた、最愛の母の死。その通夜に訪れたTOSHIは、翌日、アルバム・レコーディング中のPANTAを訪ね…。
頭脳警察結成から解散までの経緯、高校時代から友人だったPANTAとTOSHIの青春と半生を、08年のライヴ映像を交えて描く、壮大なる第1部。
頭脳警察 第2部 (103分)
病院船・氷川丸から知る戦争の断面。
重信房子との共作による楽曲。
日本の戦後史とパレスチナ問題が交錯する感動の第2部。
太平洋戦争のさなか、病院船・氷川丸で、従軍看護婦として働いていたPANTAの母。その死をきっかけに、当時の氷川丸関係者を訪ね歩くPANTAは、氷川丸の歴史から日本の戦後を感じとる。
そして彼は、重信房子の詩に曲をつけ、アルバムを制作。重信の娘メイを迎えてレコーディングを開始する。
さらに、フセインの孫にあたる14歳の少年が、ひとりで200人の米兵と戦った実話を基に生まれた「七月のムスターファ」。
その曲が披露されたライヴで、カメラは凍りつくかのような殺気を記録していた・・。
頭脳警察 第3部 (104分)
移りゆく時代の中、変わらぬ前進を続けるPANTA、ソロ活動に打ち込むTOSHI。2人の想いは交錯し、“頭脳警察”再始動の物語は、やがて奇蹟のエンディングへ。
07年12月、いよいよ再始動する頭脳警察。カメラはそのレコーディング風景やバックステージに加え、PANTAとTOSHI、それぞれの想いを丁寧に捉える。
08年9月28日、京大西部講堂でのライヴ。熱狂的歓声で迎えられた彼らは、かつてないほど白熱したステージングを見せつける。「笑ってんじゃねぇよ、お前。」 観客に怒りをぶつけるほど熱く燃えたPANTAに、メンバー全員の、そして会場の魂がひとつとなる。
これまでの伝説をも凌駕した、新たな頭脳警察ストーリーの誕生を目撃する、白熱の第三部。
プロフィール
◆頭脳警察
(1969年?75年12月31日 90年6月15日?91年2月27日 2001年6月9日?03年8月15日 08年4月22日?)
音楽業界のシステムに振り回されることなく「ダサくてもいいから、日本語でオリジナルをやろう」と、ロックバンド頭脳警察は1969年12月に結成される。中心メンバーはPANTAとTOSHI。頭脳警察の日本語による過激な歌詞と自由なメロディーは、当時の若者の叫びそのものだった。学生運動の時代、1972年に発表されたファーストアルバム『頭脳警察1』は歌詞の過激さから発売中止、セカンドアルバム『頭脳警察セカンド』も発売後に回収となり、頭脳警察は反体制バンドとして担ぎあげられる。その後、数々の伝説的ステージと6枚のアルバムを残して、政治的時代の終焉を告げるかのように1975年12月31日、渋谷のライヴハウス・屋根裏で解散する。
2009年、FUJI ROCK FES ‘09の出演を機に再始動。秋、CDアルバム「俺たちに明日はない」の発売を
記念して全国ツアーを行う。
<頭脳警察のおもなアルバム>
頭脳警察1(1972年3月)
頭脳警察セカンド(1972年5月)
頭脳警察3(1972年10月)
誕生(1973年3月)
仮面劇のヒーローを告訴しろ(1973年7月)
悪たれ小僧(1974年11月)
頭脳警察7(1990年11月21日)
LIVE IN CAMP DRAKE(1991年2月21日)
歓喜の歌(1991年5月21日)
俺たちに明日はない(2009年10月21日・予定)
※2008年6月1日 マキシ・シングル「時代はサーカスの象にのって」「間際に放て」リリース
◆PANTA
頭脳警察の中心メンバー、ヴォーカル&ギター。
1968年 ピーナツバターを結成し、ホリプロに一時所属する。
1969年 千葉正健(元ヴァン・ドックス Key)、PANTA(Vo・EG)、TOSHI(Dr)で、スパルタクス・ブントを結成する。スパルタクス・ブントはPANTAとTOSHIがはじめて組んだバンドである。スパルタクス・ブント解散後、同年12月、頭脳警察を結成。75年12月31日に解散する。
1976年から77年、PANTA&セカンドで活動。77年から81年、PANTA & HALで活動。PANTA & HALでは名盤と呼ばれる『マラッカ』(79年)を発表。その後ソロ活動を経て、通称・PANTAバンドで、82年から89年まで活動する。名盤と呼ばれる問題作『クリスタルナハト』(87年)を発表。のちに結成する不知火と陽炎のメンバーは、このPANTAバンドのメンバーが中心になっている。
1990年から91年、頭脳警察を再結成。91年から2001年までソロ活動として、アコースティックユニット・漣で活動する。2001年から03年、頭脳警察を再度始動させる。
◆TOSHI
頭脳警察の中心メンバー、パーカッション/ドラム。
高校生のときにアロウズを結成し、ディスコやキャバレーで演奏活動を始める。
1969年 スパルタクス・ブントを結成する。スパルタクス・ブント解散後、同年12月、頭脳警察を結成。75年12月31日に解散する。頭脳警察を一時離脱していた時期があり、そのときにエレクトリック・パ?カッション・グループ(ドラム4台と初期のシンセサイザー1台の編成)を結成する。また、タジマハール旅行団のライヴ、四人囃子や遠藤賢司などのレコーディングに参加する。
1976年 人形劇団「ろば」の音楽を担当したり、友川カズキとのレコーディングやライヴ活動を開始(現在も継続)。 1982年 トシ・ライヴ・バンド・シノラマを結成する(シノラマとして現在も継続)。この時期、辻村ジューザブロー人形芝居「高野聖」や外波山文明一人芝居「飛行船とんだ」の音楽を手がける。また、イギリスの前衛音楽グループ、ペンギン・カフェ・オーケストラのサイモン・ジェフ、小林武久や高木元輝、佐藤通弘など、さまざまなジャンルのアーティストとセッションを行う。
1984年 歌人・福島泰樹の短歌絶叫コンサートにドラム及び作曲で参加する(現在も継続)。
1990年から91年、頭脳警察を再結成。
90年代から、三上寛、石橋幸、梅崎幸吉、火取ゆきなど、多くのミュージシャンとセッションを行うほか、遠藤賢司バンド、ノータリンズ、Vajra、三社、緑化計画、JOKERSなどのバンドでも活動している。
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